2013年6月12日水曜日

「ママ友」に感じる違和感

妊娠・出産周りには、違和感を感じるボキャブラリーが多々ある。「プレママ」(「ママ」になる前、つまり妊婦のこと)、「仲良し」(妊娠中のセックスのことらしい)なんかの妊婦雑誌に造られたと思しき単語はもちろんだが、「おっぱい」「赤ちゃん」等の一般的な般用語も、あたしの辞書では「乳」「胎児」に変換しておきたいのだが、いけないんだろうか。自主的には発語せずに通しているのに、隠語を言わされるプレイかのように、表現を強要されそうになることが時々ある。

 フライトチケットをとるときに、「赤ちゃんはお一人ですか?」という質問に対して「はい、"赤ちゃん"は一人です」と答えることができなくて、かといって、その質問に「"胎児"は一人です」と応じることも憚られたので、メールを引用する形で

>赤ちゃんはお一人ですか?
はい、そうです。

と返信した。
助産師に「おっぱいの調子はどうですか」と問われれば、「異常ありません」と答える。

主語を返さなくて良い日本語の便利さよ。どうでも良すぎるこだわり。会陰の話はどこででもできるのに。

 「ママ友」も、必要もなければ発語することもないだろうと思っている。「ママ友になりましょうね!」と言われれれば、波風を立てたくないので曖昧に微笑みながら「いろいろ教えて下さいね〜」とかなんとか答えてごまかすけど、そもそもママ友ってなんなんだ? 

 一緒に飲む友だちはせいぜい「飲み仲間」、「同様に企業に勤める友だち」を表現する言葉は特にないし、学生時代の友だちは「高校時代(から)の友だち」とヒラくしかない。なんでママ友にだけ独特の表現が用意されてるんだ? 「〜友」って表現、品がなくて悪いけど、セフレとかヤ◯友を連想させるんだよね。利害関係なのか。情報とベンチマークの? あるいは趣味を同じくする仲? 「句友」みたいに。子育てという共通の趣味。

 「ママ」という表現にも、いい大人が「友だちになりましょう」と言って友情を始めることにも違和感があるのでダブルでくらうのだ。こういうネクラでひねくれたことを考えるあたしは「ママ友」には向かない、ということを、母親学級で一緒になった「プレママ」たちもいずれ察するだろう。

 入院予約に関して、「初産は特に相談とか、話し相手とかいた方がいいから、修学旅行が苦手じゃなかった人は(笑)ぜひ大部屋にして下さい」と助産師が勧めていた。あたしは迷わず個室を希望した。さらばママ友予備軍…あたしは孤独と乳飲み子と同室で充分だよ。


2013年6月4日火曜日

はじめての保育園見学

保育園に入れるのはなにやら大変らしい、というのは、時事ネタとしては知っていた。しかしまさか自分の身に振りかかるとは思っていなかったので、実際どういうことなのかは未知のまま。
 
 区で(妊娠が判明して衝撃を受けたその日に)もらった書類を見返してもさっぱり理解できないし、表面上の手続きしか書かれていなくて、何がどうすると「待機」児童とやらになるのかも分からない。親切な同僚や友人たちから断片的な情報をもらい、早々に開戦した方が良いらしいことは理解した。産まれてもいないのに保育園探しねぇ。
 
 通えそうな範囲にある認可・認証・無認可保育園を洗い出して一覧にする作業は表作りが得意なオットの人に任せて、ベースができあがったところでアプローチを開始。まとめて役所に申請する認可はとりあえず置いておいて、手始めに近所の認証保育園に電話をしてみると、出産後にのみ見学・キャンセル待ち可能、現在0歳児の待機50名程度とのこと。そして(複数の園に併願しているであろうことを鑑みても)既に50名って…。

 クラクラしながらリストの次点に電話。現在0歳児の待機60名程度、平日の13:30〜見学会と登録受付、訪問ナシの登録は不可。いや、あの、平日の13:30は労働してるから、保育園に興味があるんですけどね…という心の声を虚ろに響かせつつ、次回の検診の日にアポをとった。

 そして当日。猛暑のなか汗だくでたどり着いた、交通の便の至極悪い園。ここに通うのって現実的なのかな、と疑問を抱きつつ、部屋の片隅の二畳くらいの空きスペースで「見学会」が始まるのを待つ。13:30現在、キッズは昼寝タイムで爆睡中。ほかにもう一人、1歳児を連れた女性が参加。

「こんにちは。当園はこんな感じです。ご質問はありますか」
二畳スペースから一歩も移動しないまま、まさかの100%リアクティブオンリー対応! 何らかの説明を受けられるものと思っていたあたしは度肝を抜かれて言葉を失ってしまった。もう一人の女性が質問をするが、一歳児の入園はまず無理、というニュアンスのことを言われて意気消沈している。

 園の人数、延長保育等、なんとか思いついたいくつかの質問をして登録カードというのを記入。一年間保管します、空きが出たら連絡します、という説明を聞いてから扉を出たのが13:38。8分…。後半休までとって8分の「見学会」にどっと疲れた。

 つくづく先が思いやられるが、戦いの火蓋は切って落とされたのだからやるしかない。戦わないことを選ぶと「区議会議員への付け届けで入園できた知人がいる」という都市伝説まがいの情報を追求するしか選択肢がなくなる。怠惰な平和主義者としてはそっちの方に行きたい気もするけど…。

2013年6月3日月曜日

マタないはずのマタクシー

タクシーに載ったら、「マタニティ・タクシー」のパンフが目に入った。事前に登録しておくと陣痛で病院に移動するときにスムーズに配車してくれる、というサービスだ。前に深夜のタクシーでお喋りな運転手さんにつかまり「最近はこんなサービスもしてるんですよ」と言われたときは、無縁のものとして聞き流していたのに、まさか自分が利用することになるとは。

 陣痛が起こったときに家人が在宅ならばもちろん送ってくれるだろうが、いつ何時起こるか分からない。死ぬほど痛いらしいから、自分で運転は多分無理なんだろう。さっそく登録してみる。配車料金の400円が加算されるけど、基本は通常の乗車料金。自宅と病院を登録しておくことで、細かい道順を言わなくても輸送してくれるはずで、料金は後払いにもできるそうな。

 なんとなく贔屓の国際自動車(km)にしたけど、日本交通も「陣痛タクシー」として同様のサービスを提供している。ざっと比較した限り、km は破水に備えたシートのタクシーが来て、日本交通はタオルかビニールシートを自分で用意する、という点だけが違う。km のがラクだけど、その分破水アトがあるのかもしれないし、どっちのがいいのかは分からん。

 なんとなく安心、という反面、ホントにいざという時に頼れるの? うちの前の一方通行大丈夫?いつも大通りでタクシー降りるけど? と疑心暗鬼になって、オオカミ少年プレイ(試しに呼んでみる)をしたくてウズウズしてたら、なんと登録翌日に電話がかかってきた。「地図で確認していますが、この角の物件でよろしいですか?」と確認される。やるなぁ。出番は基本一回しかないし、それすらも、状況によっては(誰かが送ってくれるとか)流れるかもしれないのに、この細やかさ。日本的なサービスにちょっとホッとする。陣痛…遥か遠いことのようで、順調にいけば三ヶ月以内に確実にやってくるもの…ピースでセーフなドライビングでコトが運びますよーに。

2013年5月21日火曜日

Don't cry for me, Japan...

酒席でマタニティマークの話になったので、例によってMマークをつけない方針について語った。方針もなにも、酒場で管巻いてるような俗人が、通勤時つらいからってこれ見よがしにMマークをつけるのは赦されるものではないというくらいの自覚はある。

 「人は様々な事情を抱えてるけど、それぞれにマークがあるわけではない。ましてや妊婦は病気ではない。つらそうな人がいたら検知して席を譲る、という単純な思い遣りじゃだめなんだろうか」と主張したら、「実は同じようなことを考えていて、Mマークには賛同しかねるけど表立ってそうは言いづらい」という友の意見が引き出せた。「その考え方いい。総理大臣になってよ。エヴィータになれるよ」って。なんせアルゼンチンでこそないが、酒の席なんで。

 Mマークは付けていないものの、さすがに腹が目立ってきた。時差通勤な上に遠回りして出勤してるし、人が降りる駅では自分で空席確保に動くし、できるだけ人に面倒をかけないようにしたいと思いつつ、そうも言っていられない。一週間のうちに二回席を譲られ、ありがたく座らせてもらった。Mマークを着用していなくても、席の前、特に優先席の前にこれ見よがしに立つと人にプレッシャーをかけてしまうんじゃないだろうか、と思い、ドアの周辺や、そこも空いていない場合は「どこでもない通路」に立つことにしていたんだけど、踏ん張って余計に負荷がかかるためにきつくなって、素直に車両の両端に行くようになった。そうすると必然的に優先席周りになってしまうので緊張する。

 携帯に夢中な人ならば気づかなくて負担にならないだろうか。いやむしろ強くアピールしているように見えるだろうか。誰も全然気にしていないであろうことを一人思い悩むあたしは小さい。自意識過剰で実に小者だ。オットの人に言わせると「過剰にシャイ」なんだそうだ。こんな小市民ではエヴィータにはなれそうにない。

2013年5月15日水曜日

タイに行きタイ

来月のバンコク行きの出張が決まった。日程が妊娠32週目にあたる。会社としては、是が非でも行ってくれというスタンスではなく、自主性に任せるから決めたら報告してね、というレベル。でも、あたしは、行きタイ。

 タイは何度か行ったことがあるし、行くとしても仕事の日程のみでいくので、目的は自由時間ではない。ピュアーに仕事で出ておきたい会議があるからなんだけど。自分の目算では28週あたりで行けるかと思っていたのがずれて、九ヶ月に差し掛かってしまうとなるとさすがに躊躇する気持ちもある。

 体調は良好とはいえ、いつ変化するか分からないし、しかも首都とはいえ途上国である。とりあえず同僚にタイの医療事情を聞き、日本語・英語OKの総合病院の存在を教えてもらって+1。32週あたりでの海外行きについて検索して、知恵袋で「赤ちゃんの安全を第一に考えたら、そんな無謀なこと信じられません!」的な無用コメントに消耗して-3。32週までを帰省時期としてお勧めします、体調管理に充分に気をつければ◯、という助産師の建設的な見解に+5。行く、行かない、でもやっぱり行きタイ…。タイの医療事情も一応確かめると、中にはわざわざ出産しにタイに渡った人のブログなんかもあって心強い。いやあ、4泊の出張で思い悩むなんて甘いねー。と、都合の良い情報だけを尊ぶ。

 日系航空会社は36週以降で医師の診断書が必要なのに対し、タイ航空は28週以降と厳しい。でも予算的にはタイ航空にせざるを得ない。搭乗7日前以内に医師からの英文診断書の発行、ってエライ面倒くさいけど、背に腹は代えられないので渋々承諾。また検診に余計に時間かかるよ。

 一ヶ月後、どれだけ身重度が増してるか想像がつかないし、体調崩したらキャンセルするしかないけど、パンダくん、腹の中で五度目の海外行き(最初の三回は存在に気づいてなかったとけどね)だから慣れたもんでしょう。Bangkok, here we come!



2013年5月14日火曜日

オトコとオンナの間には

表題は、妊娠・出産にあたって「オトコとオンナには分かり合えない溝がある」という意味合いではない。そんなことはわざわざ記すに値しない。緩い友情で結ばれたオトコとオンナの間。そこに流れる一筋の川について考察したい。

 外食・飲み会ライフを当面中止にしなければいけなくなるので(もう中止しろよ、という声はさておき)、活動の締め括りに日々精を出している。お互いに既婚、あるいはパートナーがいるし、気のおけない飲み友だちだし。仕事の愚痴っぽいこととか、夢とか幻想とか、行った・行きたい旅行の話とか、まぁ酒が進めばなんでもよくて、そんな話で盛り上がるのが、性別を問わず常だったのだけど。今のホットな話題はあたしの妊娠には違いなくて、自然と妊娠とキッズの話題になる頻度が増すと共に、異性の友人たちの新たな一面も知ることになる。それは、父の顔。
 
 気のおけないフランクな男友達。その多くは、既に父であった。あるいは、自由人だが、家族間や子どもに対してなにかしらの思いを持っていた、という新事実。

 年も年だし、当たり前といえば当たり前なんだけど、今まで意識したことがなかったのだ。そういえば、妻子は家に居るけどキミは日々飲み歩いてるのね、とか、その恋バナは当然、妻子を無視したところで進行しているのね、とか。あるいは子どものケアとか教育とかに実は心血注いでたり、無頼派気取りかと思いきや、休日は割り切ったマイホームパパだったり。

「なんで今まで子どもの名前も話も一度も聞いたことがなかったんだろう?」
「だって興味なかったでしょう?」
その通り。興味がなかった。でも、今もそこまではないのにキミは勢いづいている! へぇ〜、新鮮〜! と思う一方で、何かが決定的に「損なわれている」感じが胸中を渦巻く。

 何が「損なわれて」しまったのか。それは、どこか僅かなところでは意識していた、男女間にたゆたう、甘やかで心地良い細い川みたいなもの。小ネタ家族ネタ解禁、知らなくて良い一面を知るにつれ、その周りがちょっとずつ決壊していく。ネタバレ注意、ってやつですか。

 雑誌VERY でいうところの「女/妻/母」、あたしが後者二つのスイッチもあることを見せたところで、異性の夫/父の顔を露呈させてしまったという衝撃。やましいところのない、なにも期待しないところにあったはずの淡い関係性の危機。この先は違うステージに入るしかないのか!? 愛とか無人島の話ではなくて、予防接種とか妄想について語るような? 妊娠のリアリティは、思わぬ影響をもたらしている。

 …とかどうでもいいことを長々と考えるあたり、マタニチーブルーか、アルコール不足のどっちかかしらね。

2013年5月11日土曜日

ふがいないあたしは空を見た

「自然、自然、自然。ここのやってくるたくさんの産婦さんたちが口にする、自然という言葉を聞くたびに、私はたくさんの言葉を空気とともにのみこむ。彼女たちが口にする自然、という言葉の軽さや弱さに、どうしようもない違和感を抱きながら、私はその気持ちを言葉に表すことができない。乱暴に言うなら、自然に産む覚悟をするということは、自然淘汰されてしまう命の存在をも認めることだ」

 窪美澄・著『ふがいない僕は空を見た』。妊娠の参考本じゃなくて小説として手にとったのに、これまでの読んだなかで、妊娠・出産に関連する描写として一番しっくりきた。登場人物の一人に、助産師がいる。冒頭はオムニバス形式のなかで彼女の語りの章からの引用で、個人経営の助産院だけに「自然に産みたい」と希望してやってくる女性たちへの思い。

 妊娠に関連して、「自然」という言葉で括られる様々な不自然さにうんざりし始めている。「無痛分娩にするかも」と言えば、自然に産むのも良いもんだよ、赤ん坊の顔を見れば痛みも疲れも吹き飛ぶよとか、やっぱりオーガニックでナチュラルな無添加フードですよね、オーダーしちゃってますとか、空気清浄機と安全素材のおもちゃ揃えましたとか。

 他人は他人。分娩様式の選択に口を挟まれたときなど、実害があるときだけ否定すれば良いとは分かっているんだけど、ついそれ以上の思いを抱いてしまう。「自然」を愛し、恥ずかしげもなく「自然」を説いてくる人ほど矛盾が多い気がする。子どもが欲しくなったから排卵日計算して仕込んだっていうのは自然? 鉄分と葉酸だけは食材じゃなくてサプリで摂るのもOK? 食べづわりでマックのフライドポテトが止まらないって言ってたけど? 食べたくなるのは自然? でも添加物は不自然?

 欧米では主流になっている無痛分娩が日本ではマイノリティなのは、「自然に産む」ことが推奨され、痛みすら美徳と捉える日本の風潮によるものだといわれている。結構なことだ。あたしは痛いのは嫌だし、あまり痛くなかったから愛情が薄れるならばそれまで(じゃあ父親はどうなるんだ)なので、選択肢として無痛・和痛分娩もある病院で出産を考えている。ひねくれてるのも、臆病なのもあたしのネイチャーです。自然体でいさせてね!